ジェラール・ト゛・ネルヴァル
ジェラール・ト゛・ネルヴァル
ジェニー・コロン(1837年アルフォンス・レオン・ノエル)
ジェニー・コロン(1837年アルフォンス・レオン・ノエル)

19世紀のフランスのロマン主義・象徴主義の詩人 ジェラール・ド・ネルヴァルは、詩の他にも、 数多くの戯曲やオペラの製作なども手がけた。

ネルヴァルは、1840年の12月と1841年の1月に、 ベルギーの首都ブリュッセルに長期滞在し、アレクサンドル・デュマと 合作のコミック・オペラ「ピキロ」の上演に立ち会った。1840年の12月19日の音楽会では、聴衆としてやって来ていた二人の女性達の夜会服が、人々を魅了した。

この音楽会でベルギー王妃ルイーズと会った彼は、その時の王妃と会った時の印象を、 こう書いている。

「 この音楽会の聴衆の中には、二人の女王達がやって来ていた。この歌姫である女王の名前は「オーレリー」だった。

そしてもう一人は、ベルギー王妃 だった、より美しくて、 より若い。

彼女の三つ編みの後ろの組み紐、 それはメディチ家の女性達がしているような、金色のヘアネットだった。 」

この時ジェラール・ド・ネルヴァルは、 王妃ルイーズの優雅さに感銘を受けた。

そして、彼はこの王妃の姿にエジプト神話の女神イシスのイメージを喚起され、一つのソネットを王妃ルイーズに捧げた。

 

 

「そして天空は、光り輝いた・・・・・・」 このイシスというのは、ネルヴァルにとっては、エジプト神話の女神イシスであると共に、彼が詩のモチーフとし続けた、生涯を通して崇拝し続けた、特別な女性像の事でもある。

なお、ネルヴァルが「オーレリー」と呼び、もう一人の女王と書いている女性は、この日ブリュッセルで上演された「ピキロ」で主演した女優のジェニー・コロンの事である。

このジェニー・コロンは、ネルヴァルが失恋してからも生涯愛し続け、偶像化した、 特別な女性であった。

そしてこのネルヴァルが「オーレリー」や 「イシス」として捉えているこの女性と同じものを、このベルギー王妃ルイーズ・マリー・ドルレアンにも、見出していたようである。

この日の音楽会に出席した彼女達が、同じブロンドをしているなど、彼女達の容姿などが似ていた事から、彼の中で彼女達が同一化されていったようである。

 

 

この日以降、ネルヴァルの中ではベルギー王妃ルイーズも、特別な女性となっていったようである。そして王妃ルイーズとブリュッセルで会った翌年の1841年には、再び彼女に捧げる「ホルス」という、ソネットを作っている。 この詩は、1854年に出版された彼の小説集「火の娘たち」の後の方に収録されている彼の詩篇(レ・シメール)の中に収録されており、この「ホルス」という題名が付けられた詩は、別稿の中で「王妃。ルイーズ・ドールに」という題名に変更されており、つまり、四年前に死去した、ベルギー王妃ルイーズ・ドレルアンに献呈すると書かれている。 「王妃。ルイーズ・ドールに  ジェラール・ド・ネルヴァル  」    

クネプ神が身震いし、世界を揺るがす。 その時、母なるイシスは褥の上に身を起こし、残忍な夫に憎しみの仕草をしてみせた、そして昔の情熱が、彼女の緑の瞳に輝いた。 見よ、この年老いた悪人は死んでいく、この世の全ての霜が、その口元から流れ出ていく、彼の曲がった足を縛れ、濁った眼を閉ざすがいい、彼は火山の神、冬の王! 鷲はすでに過ぎた、新たな精神が私を呼ぶ 彼のために私はキュベレの衣を身にまとった・・・・・・ これこそヘルメスとオシリスの愛し子! 女神は黄金色の巻貝に乗って逃れ去った。 海は我らに、その美しい御姿を送り返し、そして大空はイリスのスカーフの下で輝くのだった。」

 

 

詩の内容は、このように幻想的・象徴的であるため、これがベルギー王妃ルイーズと具体的にどのような関連があるのかは、よくわかりませんが、このイシスの残忍な夫、年老いた悪人とされている、クネプ神は、王妃ルイーズの年上の夫の、ベルギー国王レオポルドを皮肉る意図が、込められているようです。どうもネルヴァルは彼女が22歳年長のレオポルド一世と結婚した事に同情を感じ、また彼女には、こんな夫は相応しくないと感じていたようです。

「ちくま文庫 火の娘たち ジェラール・ド・ネルヴァル 筑摩書房 2003年」 「アレクサンドル・デュマへ」という、ネルヴァルが友人のアレクサンドル・デュマに宛てた献呈の文章、次からが「アンジェリック」・「シルヴィ」・「ジェミー」・「オクタヴィ」・「イシス」・「コリッラ」・「エミリー」という六篇の小説に、「イシス」という、エジプト神話の女神イシスについての考察、そしてその次から収録されている八篇のソネットの「幻想詩篇 (レ・シメール)」の中の一編として「ホルス」が収録されています。

 

 

なお、ネルヴァルはこの「王妃。ルイーズ・ドールに」の他にも、「「幻想詩篇」関連詩篇」の中に収録されている、やはり、「ホルス」と同じく、1841年頃に作られたと思われる、ベルギー王妃ルイーズの兄オルレアン公フェルナンと結婚した、 オルレアン公妃ヘレーネ・フォン・メクレンブルク=シュヴェリーンについての、「ヘレーネ・ド・メクレンブルクに」という詩も作っている。

ただし、これはフランス王族のシャンドール伯アンリ・ダルトワとオルレアン公フェルナンとヘレーネの息子の、パリ伯フィリップ・ドルレアンの王位継承権争いを揶揄するような感じの内容であり、 ネルヴァルの生前には発表される事はありませんでした。

この詩は「ネルヴァル全集1 1975年 筑摩書房」に収録されています。